音と脳の関係についての研究という、世界的にも珍しい研究を続けている宮﨑敦子さん。現在、進行中または構想中という、脳と音楽や音、あるいはリズムと身体の関係の研究などについて、興味深い話を、さまざまな観点から分かりやすくお伺いしました。
第3回目は、テンポの速い音楽を聴くと脳活動が活発になる、というお話です。
──音楽を聴くと、人の脳の活動は変化するのでしょうか?
音楽は、リズムもあればメロディーもある。人それぞれに音楽に対する記憶も違うし、感じ方も熟知度などによって違います。
例えば、幼い頃からずっとバイオリンをやっている人だったら、主にバイオリンのメロディーを追って聞いたりする。音楽というのは、人それぞれに聴き方が違うので、音楽と脳の関係は、ものすごく複雑なものだろうと思っていました。
ところが、音楽のどの要素が、人の脳にどう影響を与えるのか、といった研究を探してみても、どこにもないんですよ。そこで、音楽はメロディーがあるから、脳の活動や行動が変わったりするのか、それともリズムだけで変わるのか、あるいはその両方なのか、ということで、さまざまな実験をしてみました。
今回の実験では、結局のところ、メロディーはあってもなくてもよくて、無関係でした。つまり脳の活動や行動は、音楽のテンポだけで変わる、ということが分かったのです。
脳は意外にもシンプルで単純!?
──テンポだけで脳の活動や行動が変わるのですか?
どんなメロディーだろうと関係なくて、聴いている音楽のテンポを早くするだけで、人の脳の活動を変えてしまえる、ということが分かったのです。
だから、人の脳というのは、思っていた以上にシンプルというか、単純なモノなんだなあ、と。
実験では、音楽を聴いた後に、暗記の課題をこなしてもらいました。暗記した数字があったか、なかったかなどといったことを回答してもらうのですが、正しく答える反応が速くなるんです。
反応が速くなるということは、脳の活動がそれだけ活発になっているということで、もちろん、行動も速くなる。つまり、脳の処理速度が速くなるということになります。
●画像出典:「第38回 日本神経科学大会 2015」
※写真上/上段は速いテンポの音楽やリズムを聴いた後、下段は遅いテンポの音楽やリズムを聴いた後で、それぞれ認知課題を行っているときの脳活動。課題に対する脳活動の反応のタイミングが違うことがよく分かる
上の図が、実験中に正しく答えた時の脳活動のデータ解析画像なのですが、赤くなっている部分が、脳の活動が活発な状態を示しています。
さらに、黄色い輪で囲まれた部分が、「下前頭回」という場所で、速いテンポと遅いテンポを聴いた後では、脳活動の反応のピークのタイミングが違うということもわかりました。
速いテンポの曲を聴いた後だと、わずか0.1秒で反応がピークになるのですが、遅いテンポの曲を聴いた後だと、0.3秒もかかってしまう。0.2秒も差があるということが分かったのです。
アップテンポの音楽は脳にイイ
──ということは、速いテンポの音楽を聴きながら仕事をすると、作業効率が上がるのですか?
実験の結果、残念ながら、BGM的に音楽を聴いた条件では差がありませんでした。それよりも、アップテンポの曲を集中して聴いた後に、認知課題、今回は暗記の課題でしたが、その作業を行うと、脳活動が速くなってパフォーマンス(作業効率)が上がったというわけです。
今回の実験では、集中してアップテンポの音楽を聴いた後と、遅いテンポの音楽を聴いた後や何も聴かないで作業したときとでは、明らかに反応時間に差が出たということです。
この結果を見ただけで、私は音楽の力ってスゴいんだなあと、改めて思いました。
──脳活動が活発になるということは、他にも何かイイことがありそうな気がしますが。
今回の実験で、脳活動の何を見ていたのかというと、実は、記憶力の課題を処理してもらうという実験だったのです。
脳の活動が速くなるので、処理能力が上がって、パフォーマンスも正答率も上がる。つまり、記憶力もアップするという結果になりました。
短期記憶といって、パッと見たものを覚えていて、すぐに答えられるかどうかというテストなのですが、回答するまでの反応時間が速くなるんですね。
この結果から、記憶力のパフォーマンスもアップするといってもいいでしょう。
高齢者の場合は、この短期記憶のような、特に初めて見たモノを正しく判断して、すぐに覚えるという能力が、年齢とともにどうしても下がってきてしまいます。
その能力を鍛えるために、介護分野などでも音楽の力が活用できるのではないかということで、研究を進めています。
音楽は認知症を改善させる
──脳にイイという意味では、認知症などに効くということもあるのでしょうか?
それに関しては、ドラムコミュニケーションという認知症改善プログラムが、非常に効果的なのではないかと考えていまして、現在、産学連携で研究を進めているところです。
※写真上/東北大学加齢医学研究所川島教授と、介護サービス付き高齢者住宅「銀木犀」を運営する株式会社シルバーウッドによる、産学連携研究が行われている
※出典先:アジア太平洋高齢者ケア・イノベーション・アワード2015
youtubeによる動画はこちらから参照いただけます。
YouTubeリンク
映像出典:youtube
映像提供:株式会社シルバーウッド
認知症の人たちが輪になってドラムを叩くのですが、そのプログラムは、川島教授が開発した認知症改善プログラムの学習療法を参考にしたもので、有効な脳活動の要素をベースにして考えられたものです。
認知症改善には、コミュニケーションがとてもよいとされています。一緒にドラムを叩くということは、言葉は使わないけれどもコミュニケーション行為になるわけです。
さらに、脳科学のトピックとして、運動をすると認知能力が上がるということがあります。そして、一般の人でも、運動しながら勉強すると記憶力が高まる、という研究結果もあるんですよ。そういう意味では、運動することは脳にいいといえるでしょうね。
このプログラムだと、コミュニケーションに加えて、ドラムを叩くという運動も加わるのがいいところ。認知症の多くは根本的に治すことは不可能で、症状の進行を遅くすることしかできないといわれていますが、このプログラムによって、認知症を改善する効果が期待されています。
試合前に聴くと反応が速くなる
──よくアスリートが、試合前に集中力を高めたり、気持ちを高揚させるために音楽を聴くという話がありますが、何か効果があるのでしょうか?
音楽を聴くと、脳のかなり多くの部分の活動が活発になります。それが速いテンポの音楽ですと、さらに脳血流が多くなって、脳活動が高まっているというふうにいえるわけですね。
だから、脳の活動の速さを音楽で変えることができる、ということなんです。繰り返しますが、脳の活動が速くなると、それだけ脳の処理能力が高まって、反応時間も速くなるのです。
ということは、例えばサッカー選手が試合中に、瞬時に状況判断をして絶好のパスを出すとか、ゴールを決めるといったことにも、効果があるといっていいのではないでしょうか。
だから、試合前にアスリートがアップテンポな音楽を聴くというのは、好影響を与えると思いますね。
脳にイイ、最強の音楽を作りたい
──音楽を聴くということは、いろいろと脳にイイんですね。
いろいろなところに好影響を与えると思うので、他にもどういう影響があるのか、どんどん調べていきたいですね。
あとは、脳の活動が活発になるか否かという意味では、今回の実験ではメロディーは関係なさそうだということになっていますが、それだとちょっと寂しいですよね……。
人は砂糖を食べると血糖値が上がりますよね。
でも、おいしいスイーツを食べると、ただ血糖値を上げるということだけではなく、もしかしたら感情的な部分では、ものすごくステキに血糖値を上げているのかもしれないじゃないですか(笑)。
そこにはきっと、何か脳活動に変化をもたらすものがあるハズで、リズムやテンポだけではないこともあると思うんです。
メロディーが入ってくることで、どういう影響があるのか、といったことも分かるようになれば、「脳にイイ」という意味で、最強の音楽を作ることができるかもしれないですね(笑)。
──最強の音楽、ぜひ聴いてみたいです。私も早速、原稿を書く前にアップテンポな曲を聴いて、効果を確かめてみたいと思います!
作業効率を上げる効果あり!?
──最後に、作業効率を上げてくれたり、試合前などに聴くといい音楽を、宮崎さんにセレクトしていただいたのでご紹介します。
【Dr.DJ ATSUKOのおすすめ曲】In the beginning
Varuous Artists『Season 8』
https://itunes.apple.com/jp/album/in-the-beginning/id562734270?i=562734470
脳の作業効率を上げるには、とにかく早いテンポでビートを感じやすい曲がいい。アルバム1曲目に入っている曲は、ハウスミュージックのDJでもある私の曲です。人はなぜ、シンプルな4つ打ちをベースにしたハウスやテクノに魅了されるのかということを知りたかった私にとって、脳と音の研究を続ける原点となる曲でもあります。
魚の脳から進化して人の脳が生まれた。人の脳のオリジナルともいえる魚の脳をイメージして作った曲です。作業効率を上げたいときに、この曲を聴いてから始めてみてください。
アスリートが試合前に判断力を高める効果あり!?
【Dr.DJ ATSUKOのおすすめ曲】Sayaji (Joe Claussell dance Transe version)
Sultan Khan『Ra Re Elements』
https://itunes.apple.com/jp/album/rare-elements-ustad-sultan/id546954856
脳活動が活発になって、瞬時の判断力が必要となるスポーツには、ビートを知覚しやすいアップテンポなハウスミュージックがいいのではないかと考えます。さらに、パーカッションがたくさん入っているので、暗記力などもアップすると思われる裏ノリ効果も重複して、さらに効果がアップするのではということで、7曲目に入っているこの曲を選びました。
疾走感あふれるけれども、どこか静かな闘志を燃やしてくれるのではないかと思います。
参考写真提供 宮﨑敦子
取材・文 國尾一樹