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海外へ旅する時に必ずついてまわるのが時差。特に行った先でレースが待っているトライスロン旅では、時差との付き合い方がレースのパフォーマンスを左右する要因にもなり得る。『スタンフォード式 最高の睡眠』の著者であり、「睡眠負債」という概念を紹介し話題になった、スタンフォード大学医学部教授の西野精治さんに、そのコツをうかがいました。
■特集「トライアスロンと旅」全5回
1. 対談:謝孝浩×酒井絵美 トライアスロン旅の楽しさを語ろう
2. インタビュー:村山彩 旅先で何を食べる? トライアスリートの体を作る食事
3. 対談:宮塚英也×角田尚子 ハワイ島がトライアスロンの“聖地”と呼ばれる理由
4. トライアスロン旅の醍醐味が味わえるレース開催地 ~土地力とトライアスリート独自のアプローチ~
5. 『最高の睡眠』のスタンフォード大学教授 西野精治インタビュー トライアスリートはいかにして時差と付き合うべきか
――アスリートにとってパフォーマンスやリカバリーに大きな影響を与える睡眠ですが、それを妨げる時差との付き合い方について伺えればと思っています。
西野 時差ボケは、人が飛行機で移動するようになって初めて起こった現象です。たかだか50年、60年前に始まったことなんですね。まずはそのしくみをご説明しましょう。
睡眠と密接な関係があるのがホメオスタシス(恒常性)という身体の調整機能、そしてもう一つは生体が固有に持っているリズムです。この生体リズムの中でももっとも強力なのが体温の上下によって刻まれるもの。人間は体温が下がると眠くなり、上がると目覚めるようになっているのですが、このリズムはちょっとやそっとでは乱れない。普通に生活する分には有益なのですが、タイムゾーンを越えて移動しても、元の場所でのリズムを保とうとするため、時差ボケの要因となってしまうわけです。朝なのに体温が低下して眠気に襲われたり、夜中に体温が上昇して目が冴えてしまったりする。もちろん時間とともに現地時間に順応していくのですが、1時間修正するのに約1日かかってしまうんです。
――つまり、時差が7時間あったら7日間かけないと現地時間に順応できないということになりますね。この体温変化のリズムは、パフォーマンスにも影響するのでしょうか?
西野 はい。体温が高い方が運動機能も上がることがわかっています。ですから単純に考えれば7日以上前に現地入りして現地時間に生体リズムを合わせておけばいいわけです。でも、トップ選手でもない限りそんな贅沢なことはなかなかできないのが現実ですよね。
――その影響を緩和する方法というものはあるのでしょうか?
西野 時差ボケ解消に一番有効なのは太陽の光と言われています。朝、太陽の光を浴びることで、身体に「朝だ」というメッセージを送ることができる。もうひとつは朝ごはんです。現地の生活パターンに合わせて食事をとることも時差ボケのリセットに大変有効。これらの強力な同調因子をうまく利用することで現地時間にリズムを合わせやすくなります。
一方でリズムにばかり固執していると、睡眠不足がたまってしまう恐れもあります。昼間眠いのを我慢して起きていたのに、夜になっても時差ぼけで眠れない、というようなことが続くと、いわゆる「睡眠負債」がたまっていきパフォーマンスにも影響が出てしまいます。そこは臨機応変に、昼寝をするなどして対応することも考えるべきですね。
――そういった場合の昼寝のコツなどありますか?
西野 目的は不足している睡眠を補うためなので、長時間寝ないこと。長くても1時間から90分が目安。それ以上寝てしまうとリズム同調のためには逆効果になってしまいます。なかなか難しいことなのですが……。時差ボケという条件の下で、生体リズムを同調させることと睡眠を充分とることは相反するので、両者を天秤にかけてどっちがより必要か判断しなければなりません。下記のような図を描いてみて、生体リズムと時差の関係を把握すると、いつ眠気がくるかなどが予測でき、対処もしやすくなるのではないでしょうか。
午後11時に就寝し午前7時に起床する習慣の旅行者が、東京から、パリあるいはサンフランシスコに飛行した場合の体温のリズムと現地での生活時間のずれ
――機内での過ごし方で、何か工夫できることはありますか?
西野 機内では食事や睡眠をできるだけ到着先の現地時間に合わせるといいでしょう。あとは機内で寝ている時に無理に起こされて食事をするというのも、よくありません。機内でしっかり寝るために、搭乗前に食事をとり、機内で無理に食事をとらないというのもひとつの手です。自由にならないことも多いと思いますが、意識して行動してみるといいと思いますよ。
――現地で眠れない時にできる対処法はありますか?
西野 生体リズムが狂ってしまっても、もうひとつのホメオスタシスのリズムがあるので、いずれ眠気は来るものです。眠さが出てきたらできるだけ逆らわずに寝てください。その瞬間を逃さないこと。これは、サンフランシスコと日本を年数回行き来している私自身の実感なのですが、時差がつらいのは初日から2日目まで。その間は昼間の眠気をこらえてでも起きていた方がいい。そこをがまんできないと時差ぼけが長引いてしまいます。初日と2日目は外に出て太陽の光を浴びて身体を動かす。それをやっておけば夜は疲労もあって結構眠れるものです。有酸素運動、特に水泳がいいと言われていますよ。
――朝日を浴びながらの朝スイムなどは理想的なわけですね!
西野 時差と生体リズムと睡眠量、そして睡眠の質。これらを完璧にコントロールすることは至難の技なのですが、正しい知識と情報を持つことで、起こることを予測し、対処法を用意しておくことが可能となります。睡眠と時差をしっかりマネジメントすることで、トライアスロン旅はより充実したものになるはずです。
――貴重なお話をありがとうございました。
〈まとめ〉
・時差ボケの原因となる生体リズムの狂いを1時間修正するのに1日程度かかる。
・時差ボケを解消するために有効なものは、朝太陽の光を浴びることと、朝食をきちんと食べること。有酸素運動も有効。
・睡眠不足を補うための昼寝は短めに。1時間から90分が限度。
・機内では到着先の現地時間を意識した行動を。
西野精治 Profile
スタンフォード大学医学部精神科教授、同大学睡眠生体リズム研究所(SCNラボ)所長。医師、医学博士。2017年に出版した『スタンフォード式 最高の睡眠』(サンマーク出版)がベストセラーに。「睡眠負債」「黄金の90分」といったキーワードが大きな関心を集める。
取材・文/東海林美佳
■特集「トライアスロンと旅」全5回
1. 対談:謝孝浩×酒井絵美 トライアスロン旅の楽しさを語ろう
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