GoogleやFacebook、ゴールドマン・サックスなどなど、米国の名だたる世界的な有名企業が、新しい瞑想法「マインドフルネス」を導入しています。マインドフルネスとは、最新の脳科学で効果が実証されている心のトレーニングのことで、その起源は東洋を中心に広まっていた禅の瞑想やヨーガです。
瞑想することは、ストレスを軽減する効果があると“経験”として知られてはいましたが、その効果が最新科学によって裏付けられて発展。さらに宗教とは関係なく、誰でも実践できるものになったことで、欧米で大きな広がりを見せ始め、逆輸入という形で日本にも上陸して話題になっています。
マインドフルネスを生活のなかに取り入れてトレーニングを続けると、「仕事の生産性が上がる」とか、「集中力が高まる」「頭が良くなる」「視野が広がる」「ストレスが減る」「対人関係がうまくいく」「落ち着いて対処できる」などといった様々な効果が期待できるといわれています。しかし、根幹にあるのは、「心の安寧」を得ることで、日々の生活リズムが整い、毎日の生活に好循環が生まれることなのかもしれません。
いったい、マインドフルネスとは何なのでしょうか?その実践方法も含め、東京マインドフルネスセンター長であり、『知識ゼロからのマインドフルネス 心のトレーニング』の著者でもある長谷川洋介さんにお話を伺いました。
第3回は「筋肉と同様、脳は鍛えれば進化する」についてです。
——マインドフルネスによるトレーニングを積むことで、集中力が高まったり、ストレスが低減されるなどのほか、認知症の予防など、一定の年齢を過ぎても脳の機能をバージョンアップさせることが可能だといったこともわかってきたようですが、なぜ、そのような効果が現れるのでしょうか?
同センターを開設した精神科医の貝谷久宣先生は、その効果をひと言で言えば、「心の安寧」であるとおっしゃっています。
この安寧というのは、“無事で安らかなこと”という意味です。
つまり、いつも心が落ち着いて、気持ちがソワソワすることなく、穏やかにいられるようになるというのが、真の意味でのマインドフルネスの効果である、ということになります。
貝谷先生は、精神科医であり、かつ禅の修行も10年以上続けていらっしゃいます。赤坂クリニックに併設されたこのセンターでも、心療内科や精神科に通う患者さんにマインドフルネスのプログラムを提供しているのですが、私も、その効果については、同じ考え方です。
マインドフルネスによって、心の安寧を得る。その副産物として、最近、多くのメディアなどでも紹介されている、ストレスの耐性が強くなる、集中力が増す、リラックスしやすくなる、免疫力が上がる、対人関係が良くなるなどといった効果が出てくるものだと考えています。
——心の安寧を得ることで、生活リズムそのものがどんどん好循環していくようになるということでしょうか?
そう捉えてもいいと思います。最終的には、マインドフルネスを続けることで、自分の生き方自体が良い方向へと変わっていくとよくいわれます。
なぜ、そう考えられているのかと言いますと、ソワソワせず、自分の気持ちが落ち着いていれば、何ごとに対しても冷静に対応できるように変わっていけるからです。その結果、副産物として、いい作用に働く思考や行動が自分のなかから出てくるようになるといってもいいでしょう。
普段、平静でいるからこそ、何ごとにおいてもここぞという時に集中できますし、自分に余裕が生まれてくるので、落ち着いて対処できるようになります。対人関係においても、余裕を持って対応できる。周りの人にキツく当たるといったことはなくなってくると思います。
人によって向き不向きがありますので、マインドフルネスが万能であると言うつもりはありません。ただ、多くの人にとって、マインドフルネスを実践することで、自分の人生にプラスになることのほうが圧倒的に多いと言えると思います。
——心理療法のひとつとしてもマインドフルネスは効果があるのでしょうか?
このセンターは、心療内科と精神科がある赤坂クリニックに併設されているので、クリニックに通う患者さんに向けたマインドフルネスのプログラムも提供しています。
私たちのプログラムに参加することで、うつ病ですとか不安症、パニック症など、症状が改善していく患者さんもいらっしゃいます。クリニックと連動して、治療の一環として提供するプログラムなのですが、患者さん以外のプログラムは別枠として設けています。
患者さん向けのプログラムの時は、参加していただく時に、事前に心理検査をします。マインドフルネスをする前の心理状態がどんな感じだったのかということを確認しておいて、終わった後に同じ質問について書いていただく。マインドフルネスをやる前と後でどのように心理状態が変化したのかを比較してみるのです。
患者さんには「こういうふうに変わってきましたね」とお伝えして、フィードバックしてあげる。これを繰り返すことで、心の病も改善されていくケースは多くあります。
東京マインドフルネスセンターでのセッション風景(写真提供:長谷川洋介)
——他にも、最新の脳科学、特にfMRIでリアルタイムに脳の活動がどのようになっているのかが可視化されることで、その効果が次々とわかってきているといわれますが。
脳内の変化がよくいわれています。感情を暴走させてしまうほど大きくなってしまった扁桃体の働きを抑制する働きがあるとか、記憶を司る海馬が活性化されることで、認知機能が上がるといったこともわかってきています。特に海馬の活性化は、認知症の人たちにとっては、症状を改善、あるいは遅らせることができるということで、その効果が注目されています。
また、ストレスホルモンといわれるコルチゾールなどは、本来は必要なホルモン物質なのですが、緊張状態やストレス状態が続くと、過剰に出し続けることになり、脳に悪影響を及ぼすことになってしまいます。その結果、身体の免疫力が下がってしまい、病気にかかりやすくなったり、感情の抑制ができなくなってしまうのです。
ところが、マインドフルネスを実践することで、コルチゾールを抑制することができるといったことも、最新の科学でわかってきています。他にも、瞑想をしていると、身体のなかの二酸化炭素が増え、それによって精神の安定をもたらす「セロトニン」という脳内物質が出てくるということもわかっています。
——脳に好影響を与えることが多いのですね。
最新の脳科学では、マインドフルネスでトレーニングするほど、脳が変化していくことがわかってきています。10年ほど前までは、20歳を過ぎると、脳細胞はどんどん死んでいき、退化していくだけだという考えが定説でしたが、それがひっくり返っています。
筋肉と同じように、マインドフルネスで脳を鍛えていくと、使っているところの脳の部位は活性化されていく。つまり、「いくつになっても、トレーニングを続けて鍛えていれば、脳はどんどん進化していくものなんだ」ということが、わかってきているのです。
——脳が活性化して進化していくとは、どういうことなのでしょうか?
マインドフルネスを続けていると、脳の灰白質と呼ばれる、前頭前野にある部分が厚くなっていくということがわかってきたのです。この灰白質というのは、学習と記憶処理、あるいは感情の抑制などに関わる部分です。
ここが厚くなると、頭が良くなるのはもちろん、より理性的でやさしい人間に変わっていくといわれています。暴力的な振る舞いが減り、“よりいい人間”に変わっていけるということがいえると思います。
ただ、これは良い方向に向かう人の話であるということを忘れないでいただきたいと思います。マインドフルネスを実践していくことは、「今、この瞬間を感じ取りながら生きていくこと」です。それが合っている人であればいいのですが、なかには、逆のほうがいいと言う人もいます。
マインドワンダリングといいますが、「心ここにあらずの状態」のほうが心地よくて、妄想に浸っているほうが幸せだというタイプの人もいます。そういう人の場合、マインドフルネスを実践することで、良くない状態になる恐れがあるということも否定できません。
そういう意味では、最初はちゃんとマインドフルネスの正しい指導をしてくれるところで始めるほうが、安全だと思います。
取材・文:國尾一樹
撮影:たつろう
撮影協力: 東京マインドフルネスセンター
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