こんにちは。精神科医の松井健太郎です。
前回記事では、夜はなかなか寝付けないし、朝はなかなか起きられないという、「睡眠相後退症候群(すいみんそうこうたいしょうこうぐん)」という睡眠障害について解説いたしました。
おさらいになりますが、睡眠相後退症候群の方は、朝にどうしても起きられず、大遅刻を幾度となく繰り返してしまいます。具体例を挙げましょう。
Aさんは25歳の会社員。IT関連の会社で残業も多いです。おとといから朝起きられず、本来の出社時間から3時間以上遅れる日が2日続いています。夜は早く寝付こうと思って23時くらいには布団に入るのですが、3時くらいにならないと寝付けないのでした。
その日も夜はなかなか寝付けない・・・「今度大遅刻してしまったら、そろそろ首が危ういかも、それならいっそのこと徹夜して仕事に行こう!」
次の日は徹夜あけで身体がだるかったものの、定時に出社を済ませ、なんとか1日乗り切れました。
ところがその日の夜も寝付けない。おかしいな・・・疲れているはずなのに・・・今日ももう3時だ・・・
ふと気が付いたらベッドの中。時間は・・・次の日の昼過ぎ!「ああ!また大遅刻してしまった!」
こんな風に責任感のある人に限って、徹夜をしてなんとかしようとして、逆に症状がひどくなってしまったりします。普通の人の朝寝坊は、睡眠不足に気をつけながら、自力でなんとか修正できるもの。ところが、睡眠相後退症候群の場合、なかなか自力では直せないのです。
それではどうして睡眠相後退症候群の人は、自力で生活習慣を整えるのが難しいのでしょうか。睡眠相後退症候群が自力で修正しにくい理由について解説します。なお、字数の関係で、対処法については次の記事で解説させていただきます(すみません)!
睡眠相後退症候群の人が朝、望ましい時間に起きられるようになるには、もっと早寝をすれば良いはずです。ところが、寝付きたい時間には寝付けない。早めに布団に入っていても、寝入ることができない。
この理由は「睡眠禁止ゾーン」と呼ばれる、寝に入るのがとても難しい時間帯が関係しています。
30年ほど前の研究ですが、眠気の日内パターンを調査する研究がなされました(1)。1日の中で、どの時間帯が一番眠気が強く、どの時間帯が一番寝付きづらいか、を調査したわけです。
13分間の覚醒、7分間の睡眠の合計20分間を1単位として、72~108セット(=24~36時間)繰り返すという、とてつもなく過酷な実験でした。
そこでわかってきたのが、通常就寝する時間の2~4時間前が一番眠気が弱いということなのです。例えば0時に就寝する睡眠パターンの人だと、20~22時が1日の中でも一番寝入りづらい時間帯だ、ということになります。
ヒトは昼行性の動物ですから、日中一番活動量が多いわけですが、なんと昼間よりも20~22時くらいが一番寝付きづらいのです。これを「睡眠禁止ゾーン(forbidden zone)」と呼びます。
ちなみにこの睡眠禁止ゾーンが終わる時間帯になると、急激な眠気が押し寄せてきます。それで0時ころに寝付く、という仕組みなんですね。
図:眠気の日内リズム(0時就寝、7時起床のサイクルの人の場合)Lavie P. 1986(1)をもとに筆者作成
睡眠相後退症候群の人の場合、例えば先ほどのAさんのように朝の3時ころ自然な眠気が来る人の場合だと、23-1時あたりが睡眠禁止ゾーンに当たるわけです。したがって、「生活習慣を治すために望ましい睡眠時間が、1日のなかでも一番寝付きづらい!」という状況に陥ってしまうのです。
これはぜひ覚えておいてください。例えば次の日、始発で空港まで行かないといけない。朝4時おきだから、21時位に寝なくちゃ・・・なんて試みはうまくいかないことが多いです。
僕も夜間救急外来を担当していた時(意外と内科も頑張ってたんです!)。当番のドクター2名で回していたので、夜中のある程度余裕がある時間帯は、半分に分担して、前半寝る人と後半寝る人に分けていました。
例えば23時から仮眠のドクターと、4時から仮眠のドクターとで分担したとします。23時から仮眠の場合、なかなか寝付けません。4時から仮眠だとぐっすりです。23時から仮眠の場合、睡眠禁止ゾーンが終わりきっていないからです。
これは夜勤業務に従事している方全般に言えるかもしれませんね。仮眠のとり方、よかったら参考にしてみてください。
・普段寝る時間の2-4時間前は「睡眠禁止ゾーン」と呼ばれ、1日のなかでも一番寝付きづらい!
・睡眠相後退症候群の人が自力で修正するのが難しいのは、望ましい就寝時間がこの「睡眠禁止ゾーン」にかかっていることが多いから
余談ですが、睡眠相後退症候群の人はしばしば自分が「不眠症」だと思って、医療機関に相談した結果、睡眠薬を処方してもらったりします。ところが、やっぱりこの睡眠禁止ゾーンのせいで、睡眠薬を飲んでも眠れません。結局寝付けないので、朝起きられない、ということになります。
これは昼間に睡眠薬を飲むのと一緒なんですね(実際は昼間以上に寝付きづらいのが睡眠禁止ゾーンです)。ぼんやりするけど眠れない、という感じになります。
※危ないですから昼間に睡眠薬を飲むのは絶対にやらないでくださいね。
次回は、この自力では治しにくい、そして普通の睡眠薬も効きにくい(!)、睡眠相後退症候群の対処法について解説いたします。
1.Lavie P. Ultrashort sleep-waking schedule. III. ‘Gates’ and ‘forbidden zones’ for sleep. Electroencephalography and clinical neurophysiology. 1986;63(5):414-25.
文・資料提供:リズムアンバサダー 松井健太郎