整骨院を経営する傍ら「からだリフォームマイスター」として治療を含めたコンサルティングやセルフケアについて指導する講演活動なども行っている萩原健史さん。身体のバランスが崩れてしまうのは、その扱い方が正しくないからだと言う萩原さんに、健康な身体を取り戻すためのアドバイスを伺っていきます。
(からだリフォームマイスター・萩原健史 〜身体を整えるセルフケア〜Vol.1『身体をリフォームするには順番がある』より続く)
健康な身体を手に入れるためには、自分の身体の全体像を把握した上で、あとはプラモデルを組み立てるのと同じような感覚で考えていくのがいいと思います。身体の組み立て方を理解することができれば、誰でもカンタンに組み立てることができます。しかし、健康な身体に組み立て直していくためには、無数のパーツがあります。そのパーツの組み立てる順番を間違えてしまうとなかなか思うようにはいきませんし、目指していたものとは違う身体に仕上がってしまいます。
健康な身体を得るために、とにかく身体の筋肉を鍛えることに執着する人が多いのですが、そういう人たちに思い起こしていただきたいのが、だるま落としです。
だるま落としは、一段ごとに落としていこうとする度にバランスが崩れて歪んでいきます。崩れそうで崩れない、ギリギリの状態になっているだるま落としの写真を見せて、バランスがいいのか悪いのかと聞いてみると、ほとんどの人が「バランスが悪い」と答えます。しかし、この状態は「悪いなりにいい」というのが正解です。なぜ、そう言うのかといいますと、このだるまは倒れないように最善を尽くした結果、この形におさまっているからです。この形でしかバランスを保てないギリギリの状態で踏ん張っているので、悪いなりにいい、ということになるわけです。
このだるまを背骨に例えて説明しますと、本来、身体の骨盤が地面に対して水平の位置を保ち、背骨が地面に対して垂直に真っ直ぐな状態であれば、何の問題もなく立っていることができます。しかし、骨盤の右側のほうがちょっと上がっているとどうなるか。骨盤が傾いているのに、その角度に合わせて背骨が垂直に真っ直ぐなままだとバランスが崩れて倒れてしまいます。すべてのパーツに重力がかかるので倒れるのですが、それでもこのだるまは倒れていません。それは、ギリギリのところで姿勢を保っているから。倒れないよう、辛うじてバランスを保っているのです。
ただし、結果的に倒れていないだけで、背骨としては極端に歪んでいる状態です。例えば、骨盤が右側に傾いている人は、腰の右側の筋肉がものすごく硬くなってしまいます。さらに、重心が左にかかるようになるので、左足が悪くなります。整体に行くと、「あ、ココが硬いですね。しっかり揉みほぐしましょう」などと言われて、揉みほぐされることがありますが、実は、それは間違いなのです。揉みほぐされてしまうと、逆に、倒れてしまいかねません。
なぜそうなるのかと言えば、右に傾いているぶん、バランスを保つために、筋肉が緊張して硬くなっているからです。骨盤や背骨の周りにあるすべての筋肉が最善を尽くして絶妙なバランスで辛うじて姿勢を保っているのに、「ここが悪い」「そこが硬くなっている」などと、ある部分の緊張を揉みほぐしてしまうと、バランスが崩れてしまうのです。その人は、腰が悪いのではなく、そもそも、全体的な構造のバランスがおかしくなっているだけ。全体を正しい構造にしてあげれば、筋肉の緊張は解消され、腰の硬さは解消されます。なぜなら、無理やり支える必要がなくなるからです。
ですから、筋肉が緊張して硬くなっているからと、その部分だけを揉みほぐすのはあまり意味がありません。バランスが崩れた身体を支えるために最善を尽くして筋肉が緊張しているだけですから、その緊張を解くために部分部分を揉みほぐすだけではあまり効果が得られないのです。
効果を得るためには、構造を変えてあげることが大事になります。まず、最初のステップとして、正しい姿勢で歩けるようにしっかりと身体の構造を作ってあげる。そこまでできたら、次のステップとして動かしやすい身体を作ってあげるようにするという流れです。
よく、フィギュアスケートの羽生結弦選手が演技を始める直前に十字を切るような仕草をしますが、あれはゲン担ぎなどではありません。肩甲骨と背骨、骨盤の位置が真っ直ぐになっているのかどうか、身体全体のバランスを確認しているのです。これらの位置が真っ直ぐになっていない状態では、うまく回転ができません。特にフィギュアスケートは身体のバランスが大切な競技ですから、バランスを保つには身体の姿勢がいいということが最低条件になってくるわけです。
その次のステップが身体の連動です。身体の各部位がちゃんと繋がって正しい動かし方ができるようになっているかどうか。もちろん、脳と身体がきちんと繋がっているかどうかというのも大事な要素になります。これはトップアスリートだけの話ではなく、誰にも共通して言えることです。
近年、パーソナル・トレーニングがブームになっていますが、なかなか効果を得られなくて行き詰まっている人が多いようです。そういう人たちにこそ、身体の設計図を知った上で身体のトリセツを理解して、正しい身体の使い方をするための引き出しをひとつ持っていただきたいと思っています。闇雲に健康な身体を手に入れたいとアレコレやるのではなく、人生100年と言われるこの時代、いかに息長く身体をマネジメントしていくのかといったスキルを身につけていくことが大切です。
医療がどんどん高度になっていく今の世の中では、100歳まで生きることを前提として考えていかなければなりません。つまり、言葉は悪いかもしれませんが、人はそうカンタンには死なない時代になってきています。しかし、死なない人が増える一方で、健康な人の数は増えていないというのが現実です。ひと昔前の人のほうが、今の私たちより添加物の少ない健康的な食事をしていたでしょうし、身体を動かすことも多く、健康な身体だったことでしょう。
死なない人が増えることで超高齢化社会がますます進み、一方で少子化が進み、2025年には65歳以上の高齢者が30%になると言われます。そうなると、健康ではない高齢者が右肩上がりに増えることになるので、とんでもないことになるわけです。
私は現在、42歳ですが、私も含め40〜50代の人は、人生100年とすれば、ようやく折り返し地点にさしかかったところになります。人生はまだあと半分あるのですが、今のうちからあそこが痛い、ここが痛い、立っているだけでも辛いと言っているようでは、この先の長い人生が思いやられるばかりです。
そういう意味では、人生の折り返し地点にさしかかった人たちがやるべきことは、自分の身体を一度、“元に戻す”ことです。私はよく、身体を家に例えてお話をするのですが、今ある家(身体)が築40年だとすれば、今の状態で残り60年、つまり100歳まで持つのかということを考えていただきたいのです。どう考えてみても、今の状態ではあと60年持たないと思うのであれば、やはり、リフォームが必要です。新築に近い状態とまでいかなくとも、少しでも元の状態に戻すことが大事なのです。
身体を元の状態に戻す、つまり、リフォームするにはまずチェックすべきことは、身体がちゃんと支えられているかどうかです。40〜50代になってくると、ほとんどの人が、身体のどこかが傾いてしまっているものです。猫背気味になっている人の場合、前や横に傾いてしまっているので、倒れないように身体はバランスを取ろうと必死になって辛うじて耐えている状態になっているでしょう。そこで最初にすべきことは、傾いてしまっている状態を元に戻すということ。なぜなら、身体が傾いてしまったり曲がってしまった状態のままでは、そこを通る血管にも支障をきたしてしまうからです。
家づくりの基本は、基礎作りから始まります。それから家の土台を作り、骨組を作る。その後に外壁や内壁を作り、最後にライフラインを整えるというのが順番です。身体作りのリフォームもそれと同じです。家作りと同じ順番を意識してストレッチや体操を実践していけば、身体は自然と元の状態に戻っていくようになります。
まずは、身体を整えるストレッチから始めるのですが、そのときの大事なポイントは、身体の四隅を整えるということです。コアボックスと呼ばれる、左右の肩甲骨を結ぶ横のラインと、背骨を中心とした骨盤までの縦のラインがキレイな長方形になっているかどうか見ていくのですが、ほとんどの人が正しい形になっていません。
ずっと仕事で座っている状態の人であれば、ほとんどの人が身体が内巻きになってしまっていて、肩甲骨から骨盤を結ぶボックスのラインが、歪んでしまっているのです。歪んだ状態のままだと内蔵が圧迫されてしまい、呼吸もうまくできません。もちろん、血液の流れも悪い状態のままです。その状態をストレッチや体操によって正しい状態に戻してあげることで、詰まっている部分がスッと開いて、血液がスムーズに流れるようになります。
ここまで整ったら、次は筋肉のラインを整えるためのストレッチに取りかかります。全身の筋肉のねじれを治して、筋肉のラインを整えていくのが効果的です。
このときに重要なのが、アナトミートレインという考え方。身体の筋肉は路線図のようにすべてが繋がっているという考え方です。例えば、後ろの腰が痛いというときには、腰あたりの筋肉だけの問題ではないのです。身体の表と裏の筋肉はすべて繋がったひとつの路線なので、腰の裏側の筋肉が痛い場合、前側の筋肉は丸まってしまいます。前側の筋肉が丸まっていると、逆に裏側の筋肉はピンと張り詰めた緊張状態になっています。
裏側のどこかが痛いという人は、この路線図を理解しつつ、繋がっている部分全体をうまく整えていくことが大事です。筋肉はすべて繋がっているので、痛い部分だけでなく連動している部分など、筋肉全体の繋がりを意識して、ねじれなどがないかなども含めて見ていくことが必要になります。
機械がうまく動かない理由は、大きく分けて2つあります。ひとつは、配線がうまく繋がっていないから。もうひとつがプログラムの問題です。この2つがうまく連動しなければなりませんが、これを人間の身体で言えば、身体と脳を繋げていく作業ということになります。
メジャーリーガーのイチロー選手が取り入れていることで有名なのが「初動負荷トレーニング」。基本的な運動に軽く負荷をかけることで、反復運動が脳と繋がっていくようになるというものです。脳と身体が連動していくことで、基本運動の動きを脳が覚えるようになり、反射的に身体が動くようになるというものです。
人間の身体の基本運動は、大きく分けて2つしかありません。体幹を中心としたねじる動きの螺旋運動と、手足を中心とした対角運動の2つです。この2つの複合運動が人間の運動の基本であり、いかにこの基本運動がちゃんとできる身体に戻すことができるかが、次のステップになります。繰り返しますが、このように身体をリフォームするには順番があります。身体のバランスが悪いままでは、身体を動かすことすらできないのです。
例えば、80歳くらいのご高齢の方がうまく身体を動かすことができないと病院で診てもらったところ、医師に「運動をしなさい」と言われるだけで何も変わらないといった話をよく聞きます。いくら運動しろと言われても、身体のバランスが悪いままでは身体を動かすことすらできません。順番が間違っているのです。
運動しなさいとだけ言うのではなく、まずは身体のバランスを整えてあげることから始めなければならないのです。きちんとバランスを整えてあげれば、いともカンタンに動けるようになるものです。ご高齢の方からすれば、運動したくないのではなく、歩くこともできないから運動しなかっただけ。これはすべての年代の人に言えることなのですが、運動することが難しいのであれば、まずは身体のバランスを整えることから始めるのが基本なのです。
(からだリフォームマイスター・萩原健史 〜身体を整えるセルフケア〜Vol.3『カンタンに健康を手に入れるために必要なこと』へ続く)
取材・文:國尾一樹
撮影:たつろう