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脳科学者として「脳と音楽に関する研究」を続ける宮﨑敦子さん。前回は4回に渡って脳と音楽や音、あるいはリズムと身体の関係などについて、様々な観点から面白いお話をわかりやすくお聞きしました。脳科学の研究者でありながら、Dr.DJ ATSUKO名義でDJとしての活動も継続している宮﨑さんに、今回はカラダと脳にイイ音の話について6回にわたってお伺いしていきます。最終回となる第6回目は、リズム感と認知症予防についてのお話です。
宮﨑 敦子(みやざき・あつこ)
1970年福島県生まれ。大学院生時代から現在まで、大学院・大学・短大・専門学校でリハビリテーション分野の講師をしながらDJ活動をする。30代の時に、レコードを愛するあまりに渋谷区宇田川町にゆったり視聴できるレコード店 「COQDO RECORDS」をオープンする。40代で、研究者になりたいという夢が復活。東北大学大学院医学系研究科脳機能開発研究分野博士課程を修了し、2015年に医学博士号を取得。これを機にDJ ATSUKOからDr.DJ ATSUKOに改名する。現在は国立研究開発法人 理化学研究所で、脳と音楽の関係性について研究している。老後の夢は、研究結果を用いて、来店した客にピッタリなレコードを紹介できるレコード屋をオープンさせること。
(Dr.DJ ATSUKO「カラダと脳にイイ音の話」Vol.5 〜リズム感を鍛えるとIQが高くなる!?〜より続く )
——前回お伺いした、リズム感を鍛えるとIQが高くなるというのは興味深い話ですね。
このことがわかったところで、例えばドラムやパーカッションのような打楽器を使ったレッスンを認知症になった高齢者の方たちに実践してもらったらどうなるのだろうかといった研究を現在、進めています。打楽器を叩くことで、だんだん衰えていくしかないと言われる認知機能がキープできたり、改善できたりすれば画期的なことになりますから、そういうことを調べています。
これまで、脳細胞は一度壊れてしまうと治らないと言われていましたが、前回のお話のとおり、鍛えることに関わる領域の脳の皮質が厚くなることがわかってきました。そこで、私はひとつの仮説を立てました。それは、打楽器を叩くトレーニングを続けることで前頭前野の神経線維の数を増やし皮質が厚くなり、神経活動の安定性につながることで認知機能の改善効果が得られるのではないかといったものです。そこで、私はパーカッションなどの打楽器をファシリテーターの指揮のもと、みんなが輪になって叩いて合奏する「ドラムサークル」に着目しました。これによる認知機能改善プログラムのための研究に今、1番、力を注いでいるんです。
——子どもだけでなく、高齢者の方でも頭が良くなるどころか、認知機能も改善されるということですね。
みなさん、DJ SUMIROCKさんという方をご存知でしょうか? アジア最高齢DJとして日本のみならず海外からも注目されている82歳の現役DJです。実はこの方、高田馬場にあるギョーザ専門店をやっていらっしゃるのですが、5年ほど前にご主人が亡くなったことがキッカケでDJを始められたそうなんです。
DJを始めたのは77歳になってからというから驚きですよね。DJを経験したことがある人ならわかると思いますが、DJ機器を操るのは慣れるまでがけっこう大変なんですよ。ターンテーブルで音楽をかけて、一方でミキシングしつつ、フロアの様子も見ながらミックスしていくわけですからね。かけている音楽のリズムを常に把握しつつ、複数の作業を同時進行でこなしていかないといけないのですが、DJ SUMIROCKさんはそういった複雑な動きをシッカリとできているのがスゴいんです。
聞くところによると、77歳で始めた頃はほとんどできなかったそうです。それでも、今のように見事にDJとして活躍していらっしゃるということは、練習をするうちに前頭前野が鍛えられたからと言っていいでしょう。いくつになっても脳は鍛えることができるという好例だと思います。
こういったことを脳の可塑性(変化しうる性質)と言います。私たちのカラダの筋肉や脳というのは、使ったら使っただけ、鍛えたら鍛えただけ変わるという能力があるんです。しかも、何歳になっても変わることができるんです。いくつになっても脳は鍛えることができるということを、私は多くのみなさんに知っていただきたいんです。これって、本当に素晴らしいことだと思いませんか?
——ちなみにDJを始めると、認知症予防にもなったりするのでしょうか?
ドラムを用いた実験しかまだしていないので断言はできませんが、理論的には認知症予防に役立つ可能性は高いと私は思っています。DJというのは前にお話しましたように、リズムのタイミングを聴き取り、ビートとビートをマッチングさせる作業をしなければなりません。AのターンテーブルとBのターンテーブルがあって、Aの曲が流れていると、そこにBの曲をミックスしていきます。
ミックスするためにはまず、ビートを合わせないといけません。細かいことを言いますと、そのビートを合わせるときにわずか0.06秒ズレてしまうだけで、人はビートのズレを感じてしまうようになるので、音楽として成立しなくなってしまいます。だから、DJは0.06秒以上ズレないようにピッタリとビートをマッチングさせないといけません。
あと、DJプレイの時の音楽のチョイスは、フロアにいる皆さんとのコミュニケーションがとても大事です。人とコミュニケーションを取ることもまた、脳を活性化させてくれます。そのためのトレーニングを日々行っている人であれば、きっと前頭前野が鍛えられて皮質が厚くなっていることでしょう。
これから老人ホームやグループホームなど、高齢者向けの施設でDJプレイをするようなレクリエーションが行われるようになると楽しい施設になるんじゃないかなあ、などと私は夢を見ています。そうなったら、施設のホールにミラーボールを付けてもらいたい。そこでおじいちゃんもおばあちゃんもノリノリといった光景になると、なんだかステキだなあって思います。音楽による認知症改善プログラムに関するお話は、これからさらに研究が進んでいくと思うので、また別の機会にお話させていただければと思います。
撮影:宮下夏子
取材・文:國尾一樹
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