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脳科学者として「脳と音楽に関する研究」を続ける宮﨑敦子さん。前回は4回に渡って脳と音楽や音、あるいはリズムと身体の関係などについて、様々な観点から面白いお話をわかりやすくお聞きしました。脳科学の研究者でありながら、Dr.DJ ATSUKO名義でDJとしての活動も継続している宮﨑さんに、今回はカラダと脳にイイ音の話について、6回にわたってお伺いしていきます。第3回目は、前回のお話に続いて内省モードのお話。その内省モードになるためにオススメしたい音楽の聴き方についてお伺いしました。
宮﨑 敦子(みやざき・あつこ)
1970年福島県生まれ。大学院生時代から現在まで、大学院・大学・短大・専門学校でリハビリテーション分野の講師をしながらDJ活動をする。30代の時に、レコードを愛するあまりに渋谷区宇田川町にゆったり視聴できるレコード店 「COQDO RECORDS」をオープンする。40代で、研究者になりたいという夢が復活。東北大学大学院医学系研究科脳機能開発研究分野博士課程を修了し、2015年に医学博士号を取得。これを機にDJ ATSUKOからDr.DJ ATSUKOに改名する。現在は国立研究開発法人 理化学研究所で、脳と音楽の関係性について研究している。老後の夢は、研究結果を用いて、来店した客にピッタリなレコードを紹介できるレコード屋をオープンさせること。
(Dr.DJ ATSUKO「カラダと脳にイイ音の話」Vol.2 〜脳が内省モードになることと音楽の関係〜より続く )
——連載第2回目では、脳が内省モードになることと音楽の関係についてお話をお伺いしました。好きな音楽を聴くと脳活動が内省モードになって自分を見つめる時間を作ることができる。さらに、効率良く内省モードになるためには、そのための好きな音楽を決めておくというのがオススメだという話でしたが、他にも内省モードになるためにオススメしたい音楽の聴き方などがありますか?
人は古から音楽と仲良しであった理由については前回お話しましたけれど、今の音楽にまつわる状況を考えてみると音楽を聴くためのフォーマットというのは時代と共にいろいろ変わってきていますよね。レコードやカセットテープなどアナログだったものが、CDによってデジタル化されていって、さらに圧縮デジタルデータでネット配信されるようになりました。さらに今ではハイレゾ音源など、音質もどんどん進化して便利になっています。
定額音楽配信サービスでは、スマホで音楽を気軽に聴くことができるような時代になってきています。そんな時代なのに、ここ近年、アナログレコードが復活しているといった話はみなさんお聞きになられていると思います。
敢えて音楽を聴くためにお金を準備してレコードを買ったり、足を運んでフェスやライブコンサートへ行く人も増えているということは、音楽が安価だったりフリーに近くなった時代になってきたけれども、音楽にちゃんとお金を払いたいと考える人は根強く残っているということなのでしょう。
——確かにここ3年くらい、アナログレコードは世界的にちょっとしたブームとなっているようですが、内省モードになるためにはアナログレコードが良いということもあるのでしょうか?
先に結論を言いますと、私は好きな曲をアナログレコードで聴くことをオススメしたいですね。考えてみれば、レコードで音楽を聴くという行為は、けっこう大変と言いますか、手間がかかるものです。レコードを聴くには、まずショップに買いにいかないといけません。もちろん、ネットでも買えますが、元レコードショップの経営者としては、お気に入りのレコードストアに足を運ぶこともおススメしたいですよね。実際にレコード好きな人というのは、ショップに足を運ぶ人が多いと思います。
さらに、オススメしたい理由として挙げたいのは、アナログレコードは音楽配信のようにクリックひとつで音楽が聴けるわけではないということ。レコードをジャケットから取り出して、盤のホコリを取り除き、ターンテーブルの上に載せる。そして、回転スピードを合わせないといけません。また、何かの拍子にレコード盤に傷をつけてしまってガッカリすることもあるでしょう。慎重に聴きたい場所に針を落とし、回転をスタートさせる。聴き終わったら針を戻さなければならないですし。これはある意味、音楽を聴くことにより集中するための“儀式的な行為”だと言えるのかもしれません。
——デジタル配信される音楽よりも、レコードのほうが音がいいと言う人もいますが、実際にはどうなんでしょうか?
私も「レコードっていい音なの?」とよく聞かれますし、レコードのほうがいい音だと言う人も多いのですが、実はそうとも言えないと私は思います。なぜかと言いますと、レコードには盤に溝が掘られていて、レコード針がその溝の情報を読み取って音が出るという仕組みだからです。
レコードは、重低音や大きい音のデータを入れるためには溝を大きく刻まないといけません。しかし、溝が大きすぎると揺れが大きくなるため、レコード針が飛んでしまうので限界があります。つまり、低すぎる重低音や大音量の情報をレコードの中に刻むことができないんです。
また、レコードの外側と内側では再生能力が違います。外側は正しく再生できるのですが、内側へ行けば行くほど音が冴えなくなります。
ところが、圧縮していないデジタル音源ではかなりの重低音でもデータとして入れることが可能です。最近の音楽を聴いていると地を這うような重低音まで入っていて、音楽における音の使い方が別次元のモノになっているのは、そのためです。圧縮していないデジタル音源をデジタルスピーカーで再生するとすべての音域を再現することができます。
そういう理由でデジタル再生よりアナログなレコードで聴くほうがいい音だとは必ずしも言えないわけですが、アナログレコードはひと工夫で音質を良くすることができます。レコード針を変えるなど、自分でカスタマイズしたりして音の違いが楽しむことができる。そこが魅力のひとつでもあります。
さらに、音質以外で私がレコードを愛する理由のひとつがレコードのビジュアルです。配信される音楽やCDと違ってジャケットがデカいじゃないですか(笑)。このサイズであればスペシャル感倍増です。しかも、記憶に結びつきやすいのでジャケットを見るだけで中に入っている音がわかったりする。そういう意味でDJとしてはとても便利なんです。デジタル配信の音源は文字情報が中心なので、どうしても曲と繋がりにくい。でも、アナログレコードはジャケットを見たらこの音が入っているとわかりやすいんです。
今、レコードの溝の話が出たので、ちょっと話が脱線するかもしれませんが、ひとつお話したいと思います。DJはスピーカーから出ている、フロアでプレイ中の音楽を聴きながらヘッドフォンを片耳にあてて、次にプレイする音を聴きながらプレイしています。しかし、実は音だけではなく、レコードの溝も見ながらプレイしているんです。暗いフロアで必ずターンテーブルに向けてライトが点いているのがその証拠。実は、レコードの溝を見るためなんです。
どういうことかと言いますと、レコードというのは光を当てると盤の色が濃い黒色に見えたり、薄い黒色に見えたりします。重低音や音がたくさん入っているところは溝が深く大きく彫られているので濃い黒色に見えます。逆に音があまり入っていないところや高音だけのところは溝が深く掘られていないので、薄い黒色に見えるんです。
盤の色のコントラストを見るだけでその曲の構成や展開がわかるので、どのタイミングで他の曲をミックスするとかっこ良くなるのかといったことが視覚である程度わかります。
——盤の色の濃淡で曲の構成がわかるというのは面白いですね。
色が薄いところは、曲のブレイクの部分だったりするので、そこに他の曲をミックスしたり逆に残したりして、その曲でドンと盛り上げるといったことを目で見て判断しながらプレイしているんです。アナログレコードを見たことや触ったことがない人は曲と曲の間は色が薄くなっているといったことを知らないですから、この話をすると驚きます(笑)。
話を内省モードの話に戻しますが、レコードを聴くときには、ターンテーブルにアナログレコードを置いて針をそっと落とす。このひとつひとつの動作が自分の内省モードになるため、時間を作るための“最高の儀式”になる。内省モードになるための、セッティング方法として最適だと私は思っています。自分の時間を作るための儀式として、とても素敵な時間なのではないでしょうか? しかも、わざわざ手順が多いレコードで音楽を聴くのに、嫌いな音楽を聴く人はいないですよね。
このような理由から、好きな曲を聴いて自分の素敵な時間を作るのに1番効果的なのは、やはり、アナログレコードが1番向いていると私は主張したいと思います。手軽に音楽が手に入る時代にアナログレコードの販売数が伸びている理由は、自分が好きな音楽を聴くことで自分の時間を作りたいと潜在的に思っている人が増えているからなのかもしれません。
手軽に音楽を聴くことができるようになった現代に、わざわざ煩雑な儀式をしてでも音楽を聴く。それこそが、自分の時間を作るための贅沢な時間の過ごし方であり、素敵な時間となり得るのかもしれません。そこに気づく人が増えているからこそ、アナログレコードに惹かれる人が増えているのではないでしょうか?
最近ではアナログレコードがかかるレコードバーなども増えているので、興味ある方は体験してみることをオススメしたいと思います。
撮影:宮下夏子
取材・文:國尾一樹
『健康でなければ、番組でカルチャーがどうのこうのなんて言っていられない!』 宇多丸×宇垣美里 インタビュー Vol.2(後編)