オープンウォータースイミング特集の第2回は海峡横断泳というエクストリームなチャレンジにフォーカス。世界の海を泳いで渡るチャネルスイマー、浅井弘樹さん(2012年ドーバー海峡単独横断泳成功)と本間素子(2016年津軽海峡単独横断泳成功)さんの対談をお届けします。
■特集「自然の中を泳ぐ。オープンウォータースイミングを始めよう」全5回
1. 守谷雅之さん、オープンウォータースイミングについて教えてください
2. 対談:浅井弘樹×本間素子 海峡を泳いで渡る理由
3. 宮杉理紗さんのスイミング再履修 水泳の基礎&海で泳ぐコツ
4. 対談:平井康翔×守谷雅之 トップスイマーと指導者、それぞれが語る「自然を泳ぐこと」
5. 自然の水に入るときに気をつけるべきこととは
――浅井さんはドーバー海峡、本間さんは津軽海峡で単独横断泳を成功させています。その途方もないチャレンジにたどり着くまでの、お二人のスポーツ暦を教えてください。
浅井 僕は中、高で競泳を、大学ではトライアスロンをやっていました。大学を卒業してからアドベンチャーレースをやっていたんですが、複合競技をやり続けるのが大変になってきて、泳ぐだけ、走るだけ、自転車に乗るだけ、と一種目だけのスポーツになっていきました。その中のひとつに、海峡横断泳があったというわけです。
本間 水陸両用なんですね(笑)。私は、小学校の時に親に無理やりスイミングに入れられて嫌々やってたんです。その延長で中学は水泳部。高校と大学では水球をやってました。オープンウォータースイミングに出会ったのは社会人になってから。あの、自由に泳げる感じが楽しくて、すっかりハマってしまいました。
浅井 僕も、トライアスロンで初めて海を泳いだんですけど、プールとは別物ですよね。
本間 そうなんです。海の方が全然気持ちいい。
――海峡横断泳に挑戦するきっかけは?
浅井 当時イギリスに駐在していた先輩に、ドーバーのリレーのメンバーとして誘われたのがきっかけです。結局メンバーが集まらなくてその話はなくなったんですけど、じゃあ単独でやってみようと。
本間 いきなり単独泳に挑んじゃうところがすごいですね。私は初島熱海(注:初島・熱海団体競泳大会。初島から熱海までの12kmを3名のチームで泳ぐレース) に出てみて、岸から岸へ泳ぐって楽しいなって思いました。
それと、昔ウッチャンナンチャンのTV番組の企画で「ドーバー海峡横断部」というのをやっていて、まだ子供でしたけど、なんとなく「私これ絶対やれる!」って思ってたんですよ。それを思い出して周囲に「ドーバーを泳ぎたい」って言い回っていたら、リレーのメンバーで誘ってもらったんです。それが2002年。すっごく楽しくて、これはもう一回やろうって思って2005年にもやはりリレーでやりました。そのうち、津軽や佐渡(注:佐渡島〜新潟県寺泊間)でもリレーをやって、どんどんはまっていった感じです。ただ、リレーしかやっていなかったので、一人で海峡を泳ぐなんて信じられなかったんですけどね、それがなぜか泳いじゃった(笑)。
――どんな準備をして挑んだんですか? 練習はもちろんですが、伴走船の手配などもあると聞きますが。
写真提供:浅井弘樹
浅井 そうなんです。ドーバーの場合は船の予約がなかなかとれない。成功率の高い人気のパイロットは特に。予約を2年前に入れました。あとは、海峡横断の認定機関があるんですけど、水温15度以下の海で6時間以上泳いだという証明が求められるんです。
本間 ドーバーはそうですよね。どこでそれをやったんですか?
浅井 三浦海岸で、知り合いに紹介してもらって船を出してもらって。船のGPSの記録を提出しました。
本間 練習はどんな感じで?
浅井 泳ぐ1年前から鵠沼海岸に引っ越して海で朝練してました。あとは三浦海岸。潮の流れが結構ある場所もあって、それがいい練習になりましたね。ドーバーは13時間以上かかったんですけど、練習での最長は6時間。余力があったので、本番も大丈夫だろうと思ってたんですが、実際に泳いだら思ってたより全然きつかったです。
写真提供:本間素子
本間 私は海で4時間泳っていうのを1年前からほぼ毎月やりました。それ以外にもなるべく海に行くようにしてました。あとはプールでの朝スイムに通っているんですが、そこで遅刻や早退をしないで全メニュー真面目に泳ぐ。練習中つらくなると「本番ならつらくても逃げられないんだから」と自分に言い聞かせながらやってましたね。
――実際に泳いでみて、どうでした?予期せぬことが起こったりしましたか?
浅井 僕はもともと船酔いや波酔いをしやすい質で、泳いでいて気持ちが悪くて、途中から補給食をほとんどとれなくなったんです。8時間すぎたあたりからけっこうきつかったですね。最後はエネルギー切れでヘロヘロになりました。ドーバーって、最後がキツいんですよ。フランスに着く直前の数km手前から潮の流れがきつくなって、そこから先に進めなくなる。
本間 そう、だいたいあと5kmぐらいからがキツいんですよね。
ドーバー海峡の横断を達成した直後。 写真提供:浅井弘樹
浅井 それを事前に聞いてたので、あと1.5マイル(約2.4km)って言われてもまだまだ着かないぞと自分に言い聞かせました。30分おきに「あと1.5マイル」って、何度も言われる。つまり全然進んでないわけです。多分ずっと岸と平行に泳いでいたんじゃないかな。2時間ぐらいそれをやって、ようやく着きました。13時間50分でした。
本間 私も津軽の時、10時間ぐらい泳いだらあと5kmっていう地点まで来たんですよ。でも、そこからきつくなることはわかっていたので、「まだまだ、ここから」と言い聞かせながら淡々と泳いでいました。ドーバーと違って津軽の場合、水温は通常20度ぐらいあるんですが、その時はゴールの北海道側が14度にまで下がったんです。結局そこから流されて3時間以上かかってゴールしました。13時間26分で、泳いだ距離は47kmぐらい。最後流されるのも含めて。16時間ぐらいはかかるだろうって覚悟決めてスタートしていたので、意外と早かったなと思いましたけど。
――ところで、横断泳中の水分やエネルギー補給はどのようにして?
写真提供:浅井弘樹
本間 横断泳のルールとして、泳者は船に触ったりつかまったりしちゃいけないんです。なので、ヒモをつけた容器を投げ込んでもらって、海に浮いたまま飲んだり食べたりします。私は30分に1回、補給しました。補給は泳いでる間の唯一の楽しみ。なので栄養より味重視で選んで、何をいつ食べたいかをあらかじめリストにしてサポートクルーに渡しておきました。練習で海水との食べ合わせがいいものは何かを試したりもして。カステラは海水を吸ってしまってダメでしたね(笑)。実際に食べたのは水羊羹やももの缶詰。時々エネルギーゼリーも使いましたけど、和菓子が一番よかったですね。
浅井 僕は新潟で田んぼを借りて自分でお米を作っているんですけど、そこでとれたお米で作った甘酒をメイン補給食にしました。甘酒って消化吸収がよくて栄養価も高いのでちょうどいいかなと。
本間 補給食にもすごいこだわったんですね!
浅井 ただ、カロリー的にはちょっと足りなかったのと、波酔いでほとんど戻してしまって、結果失敗。終盤ではエネルギージェルも使いました。あとは冷えた身体を温めるためにお湯を飲んだりもしました。
――泳いでる最中に見える景色ってどんなものなんですか?
写真提供:浅井弘樹
浅井 スタート直後、暗い中だんだん朝日が昇ってくるんですが、その時間帯がきれいで、泳いでいて楽しかったですね。水平線と太陽しか見えないんですけど、その景色がとても印象に残ってます。苦しくなってきてからは、何も考えず、ただただ伴走船だけを見て泳いでました。あと、海峡って結構タンカーが行き交うんですよね。それを「でか!」って思いながら見てました。ちょっとしたイベントみたいで、気が紛れました。
本間 水面から見る船ってすごく大きく見えるんですよね。で、しばらくすると波が来る。「あー、これさっきのタンカーの」って。
浅井 そうそう(笑)。
写真提供:本間素子
本間 私が主に見ていた風景はサメ避けのサラシ(笑)。サメは自分より大きなものを攻撃しないという習性があって、津軽では泳者の身体を大きく見せるために数メートルの長さのサラシを水中に流すんです。それを下に見ながら泳ぐんですが、海の荒れ具合や流れによってそれが結構動く。ああ、今はサラシが乱れているから海が荒れてるな、とか、今はまっすぐだから静かなんだなとか、サラシと対話しながら泳いでました。ゴール手前でサラシを引き上げるんですが、ちょっと寂しい気持ちになった(笑)。
――さっきからお二人のお話を聞いていると、何があっても泰然としている印象ですが、そういうメンタルは大事なのでしょうか?
本間 アスリート気質の人って、ついタイムを競おうとして、1キロ何分ペースで、っていうような目標を立ててしまうと思うんですが、そういう考え方だと海峡横断は厳しいかもしれません。計画通りにはまったくいきませんから。腕を動かしていればいつか着くだろう、ぐらいの気持ちでやらないと。
浅井 自然が相手だから、タイムを出そうとか、人と競おうとしたらできませんよね。
――ズバリ、海峡横断泳の魅力とは?
浅井 オープンウォーターが楽しいっていうのがまずあって、でも僕の場合ブイで囲まれた安全な海を泳ぐだけじゃ飽き足らなくて、もっと沖まで出たらどうなる?っていう好奇心がある。普通にそれをやってしまうと怒られるけど、海峡横断泳は合法的に(笑)それをやれる。普段は入れないところへ行ける楽しさ、ですかね。
写真提供:本間素子
本間 私は遠くに島が見えると泳いで行きたくなる(笑)。スタート地点から向こう岸を見るとうっすらとしか見えなくて、本当にあそこまで行くのかなって思うんですが、泳いでいくうちにどんどん近づいてきてはっきり見えてくるあの感じ。人力でここを渡れたんだっていう喜び。あれを味わっちゃうと、やめられない。ちなみに私が津軽を泳いだ2016年って北海道新幹線が開通した年なんですけど、友人に「新幹線通ったの知ってる?」って言われましたから(笑)。新幹線でも船でもなく、人力で10何時間もかけて渡ることに意味があるんですけど!
浅井弘樹 Profile
海峡横断泳の聖地、ドーバー海峡の単独横断泳を成功させた15人目の日本人。泳ぐだけでなく自転車では「ロンドン・エジンバラ・ロンドン」という1400kmの「ブルベ」と呼ばれるライドや、「ユーコン・アークティック・ウルトラ」という酷寒のウルトラマラソンレースにも挑戦。
本間素子 Profile
海とオープンウォータースイミングをこよなく愛するオーシャンスイマー。2016年、津軽海峡の単独横断泳を達成。2011年以降の日本人としては3人目の成功者となる。リレーでは、津軽、ドーバー、佐渡を横断している。今年、ハワイのモロカイ海峡を仲間6人で横断する予定。
取材・文/東海林美佳 撮影/堀弥生
■特集「自然の中を泳ぐ。オープンウォータースイミングを始めよう」は全5回の連載企画です。次回は、水泳の基本と海で泳ぐためのコツを全日本オープンウォータースイミングチャンピオンの宮杉理紗さんにレクチャーいただきます。
1. 守谷雅之さん、オープンウォータースイミングについて教えてください
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